· 

『陽炎』

『陽炎』                                                                             叶彩乃

 

蝉しぐれの中、下駄を鳴らしてマンションへと急ぐ。アスファルトにたまった太陽の熱はじわじわと上り、陽炎(かげろう)が行人坂の先で揺れ動いている。十六も年下の恋人、龍仁くんと二人だけになれる部屋を借りたのは半年前。アラフィフとなり、夫とのすれ違い生活に疲れ始めたころだった。大円寺の前を通り過ぎながら、八百屋お七の一途な恋に憧れる。熱烈に求めてタガが外れたら私はどうなってしまうんだろう。

 

汗を拭きながらマンションの玄関を開けると、オリーブで炒めたガーリックのいい香りが漂ってくる。

 

「あ~、いい香り」

 

 台所に行くと、龍仁くんがフライパンを揺すりながら料理をしていた。

彼と出会ったのは、よくランチを食べに行っていたイタリアンレストラン。仕事先の和装着付け専門学院の近所だった。スレンダーでシャープな体型、長身にサロンエプロンがよく似合っていた。少年と大人の入り混じったクールな表情に肩まで伸びた黒髪。彼を目当てに来ている女性客は多かった。二つボタンを外したシャツの影から見える鎖骨、捲くった袖から延びる長い肘、美しい手の動き。彼を一目見たときからドキドキしたのを覚えている。話すきっかけになったのは、着物モデルを申し込まれたことだった。彼は美大卒業後アニメ制作会社で就職したものの、長時間労働のハードな仕事で身体を壊して退職したらしい。今はアルバイトをしながら油絵を描いていて、友人と展示会をしたり公募展に出品する絵を制作していると初めてのデートの時に言っていた。

 

「あ、おかえりなさ~い。おじゃましてま~す」

 

笑顔で振り返る龍仁くん。いつもはポロシャツにチノパンなのに、今日は原色を使った鮮やかな龍柄のアロハに破れたジーパン姿。髪も後ろに括っている。無精ひげが生えたワイルドな姿にドキッとする。

 

「あれ? 浴衣なの?」

 

「ええ。今日は個人レッスンしてる奥さまに頼まれて、白金のご自宅でお嬢さん達を集めて浴衣の着方を教えてきたのよ。最近、簡易帯みたいに手軽なグッズが増えて和装流行りなのはいいんだけど、自己流の子が多くて基本から教えるのに疲れちゃった」

 

「大変だったね、お疲れさま~。あ、悪いけど、ひとみさんの冷蔵庫勝手に開けさせてもらったよ。野菜とかクタクタになってたから使わせてもらっちゃったけどよかったかな? 」

 

 彼の料理の腕はかなりのものだった。バイト先のイタリアンレストランではシェフに見込まれて、厨房も手伝っているという。親戚にシェフが二人もいると聞いたから、料理上手は血筋なのかもしれない。

 

「ありがとう、助かるわ。ちょっと待ってて、着替えてくるわね。外は焼けつくような暑さで、もう汗ビショビショ」

 

 そう言い残して着替えに寝室に入る。いい香りが寝室にも入ってきて空腹なことに気づいた。夫とは義務感で食事をしているけれど、今日は身体の声がよく聞こえてくる。鏡の前で帯を解いていると、龍仁くんが寝室の戸を開けて入ってきた。

 

「ところでさ、ひとみさん、この間会ったときの約束覚えてる?」

「え? 約束?」

「酷いな~。僕との約束なんかどうでもいいんだね」

「そ、そんなことないわよ、忙しくてつい……」

「ショックだなぁ、美味しいもの作って待ってたのに」

「ゴメンゴメン。何の約束だっけ?」

「教えな~い。ひとみさんが思い出すまでバツとして……」

 

 龍仁くんはそう言い、いきなり私を抱きキスしながらベッドに押し倒した。

 

「え、待って、汗拭かなきゃ。それに、私、すごぉくお腹空いてるんだけど……」

 

汗まみれの身体を抱かれるのは、さすがに恥ずかしい。起き上がろうとすると、

 

「ダメダメ、思い出すまで放さないから。それに三大欲の一つが満たされちゃうと、感覚が鈍くなっちゃうからね」

 

 龍仁くんは荒々しく私の浴衣の前をはだけ、乳房が露わになる。

 

「わかった、わかった、お、思い出すから放して……」

 

イヤイヤをする私の両手を抑え、やっぱりねと言いながら彼は私を見上げ、ざらざらとした熱い舌で乳首を転がすように弄ぶ。粗い髭が肌を擦って痛い。

 

「ね、やめて。困るわ、私」

 

 今までと違う強引な龍仁くんに動揺する。

 

「浴衣を着る時もブラジャーやパンティーを付けないんだ……」

 

 和装の時に下着を付けないのは、CAをしている頃からだった。着付けに失敗して上空で苦しくなったとき、先輩が下着を抜けば楽になると教えてくれたから。

 

「ひとみのこの花びらの形をしてるあざ、もうピンク色に染まってる」

 

 私の左乳首の舌には白い小さなあざがある。感じ始めると、そこが薄紅色に染まると教えてくれたのは龍仁くんだった。あざがある左の胸のほうが右よりも敏感だと知ったのも龍仁くんとセックスをするようになってから。龍仁くんは左の胸を入念に舐め上げながら、右の胸を激しく揉みあげる。吐息を洩らす私の耳元で、

 

「このおっぱいの形が好きなんだ」

 

と呟く。最初にセックスをしたとき、「最近のアニメのおっぱいって大きなボールが身体にくっ付いてるみたいで不自然で気持ち悪いよ。本当のおっぱいはさ、こういうふうに身体からなだらかな曲線を作ってるんだ」と言いながらほっそりとした長い指で優しく私の胸を撫でてくれた。今もその美しい指が、胸の上を触れるか触れないかの距離で静かに滑り下りていく。汗ばんだ身体が快感に身悶える。

 

「あぅ……」

「う、ん。いい塩味加減だ。パスタを茹でるのにはちょうどいい、か、な」

 

 私の身体を味わうように、龍仁くんの舌が時間をかけてゆっくりと這いまわり、臍の窪みを舐めまわす。

 

「ね、や、く、そ、く、思い出した?」

「あン、も、う、頭の芯がぼうっとしてき、て、……」

「じゃ、もう一つ、お、し、お、き、だな」

 

 ほどいた帯紐を私の両手の甲に結び、ベッドのパイプに括りながら龍仁くんが言う。レースのカーテンを透して紅く爛れた夕日が射しこむなか、淫らな格好をさせられているのは私だけで龍仁くんはまだアロハも脱がない。それがなおさら恥ずかしさを増す。

 

「俺のこと、龍って呼んで……」

 

ますます固く鋭くなった龍仁くんの舌は、私の身体の一番熱い部分は素通りし、足の先に進む。片方だけ足袋を脱がされて、素足の指と指の間が丹念にひとつひとつ舐め上げられていく。素通りされた花蕾が熱さをどんどん増して敏感になり疼きだす。

 

「どんな感じがするか、言ってみて。ほら、ここ、こうされると、どんな感じ?」

 

 アロハを脱ぎながら、龍仁くんの声が足元で聞く。

 

「……」

「声を出して、黙ってちゃわからないよ」

 

 黒いタンクトップ姿で覗き込む龍仁くんの汗が、露わになった私の乳房の上にぽたりと垂れた。足指の間がこんなにゾクゾクするなんて。夫との夜には決して開かれなかった窓が、ひとつずつ開け放たれていく。

 

「はぁう、もう、だ、め……」

「だめって? なにが、だ、め、なの?」

「あぁ、あ、龍ぅ」

 

 身体がどんどん繊細になり、耳元で聞こえる彼の言葉が私を溶かしていく。

 

「まだだよ。大切な約束覚えてないんだから、もうちょっとお仕置きしないとね」

 

足指を巧みにしゃぶりながら、龍仁くんの片手がゆっくりと熱い花蕾に登ってくる。

 

「あぁ、こんなに濡れちゃって」

 

龍仁の細い指がぬらぬらと遠慮なく、疼く花芯に侵入してくる。

 

「ア、アァ~」

「ほら、ひとみの美味しい蜜がたっぷり」

 

 べっとりと濡れた指を龍仁くんが美味しそうにしゃぶりながら、ひとみのアソコは香袋みたいにスパイシーな香りがするんだ。この匂いゾクゾクすると言い、私の膝を立てグッと開いて茂みに顔を埋める。

 

「綺麗な深紅の花びら……。ハチドリになった気分だ……」

 

龍仁くんの舌が激しく責め立てる。

 

「暑いときは感じやすくなってるんだ。ほら、」

 

獣のような舌が、ピチュッピチュッと音を立てて入って来る。踊る舌に甘く痺れて、膣からドクドクと淫乱の水があふれ出すのを感じる。

 

「ヤ、ヤメテェ~、龍! もう、オカシクなりそぅ」

「まだまだ。ほら、触ってみて。ひとみに入りたがってるだろう」

 

 龍仁くんは両手を縛っていた帯紐をほどき、ズボンの上から私に自分の固い部分を触らせた。暴れていた舌は、今度はゆっくり這うように首筋から耳へ上がって来る。

 

「ひとみのその顔、たまらない……」

 

腰に手を回し私をベッドから起こし、壁に向かって立たせながら龍仁くんが言う。

 

「だ、め、もうぅ、ぅ、立ってられない」

 

 壁に手をついてと龍仁くんが指示する。浴衣が中途半端に私の体を纏う。だらりと下がった裾を龍仁はバッと捲し上げる。

 

「美しい、あぁ欲情するお尻だ」

 

 タンクトップを脱ぎジーパンを降ろしながら、龍仁くんは私の手を取り後ろ手に熱い塊を握らせる。破裂しそうなほど固くなったそれを、私は我慢できずにキュッと握る。

 

「ひとみ、い、れ、て」

 

 恥ずかしさと大胆さが入り混じって意識が朦朧となる中、私は彼の言うとおりに熱い塊をつかんで自分の中に導きいれる。背中にピッタリと身体を重ね、大きな掌で私の乳房を包んで強く揉んでくる。乳首が指にグリグリ刺激され脳が痺れる。

 

「ア、ア、アァ」

「もうちょっと、もうちょっと待って」

 

 耳のそばで激しく息使いをしながら、何度も何度も深く突いてくる。突かれた花芯の奥のほうでは爆発が起こる予感がする。

 

「ア、だめ。もうダメ~!」

「ひとみ、ほら、ひとみの、欲しかったもの……」

 

熟れて硬直した私の溝道にドロッとした液体が流れ込み、今まで感じたことのない激しい電流が身体を突き抜け崩れ落ちる……。

 

 

 シャワーを浴びてリビングに戻ると、何事もなかったかのように龍仁くんが料理をテーブルに配膳していた。ワカメがたっぷり入った海鮮マリネに湯気を立てているミネストローネ。

「これ、冷蔵庫にあった野菜? あんなに草臥れてたのに、すごいみずみずしい!」

 龍仁くんはエプロン代わりに白いバスタオルを腰に結び、さあ、お嬢様と席を引く。

 

「お疲れ様でした。これはほんのお礼でございます。どうぞ味わってお食べください」

 

 戯けながら、私の前にカルボナーラの皿を差し出しペッパーミルを回す。

 

「ね、え、約束、やっぱり思い出せないんだけど。教えてくれない?」

 

 素敵なディナーに舌鼓しながらサーブに徹する龍仁くんに聞くと、

 

「僕と逢うときはリング外して欲しいって言ったでしょ? 一緒のときは、ひとみのこと僕だけのものって思いたいんだ」

 

「あ、ごめんなさい! 今日の仕事先は主人の紹介だったから…。ごめん、本当にごめん」

 慌てて薬指から外しテーブルに置いた。

「いいんだ、サイコーにイケてるひとみの姿が見られたからさ」

 

耳朶を軽く噛んで囁く龍仁くん。陽炎のように、また私の身体の中に熱いものが立ちのぼり……。夜はまだ長く、遠くでとける音がする。

 

 

(了)

 

 

 

コメントをお書きください

コメント: 5
  • #1

    桑山 元 (土曜日, 11 4月 2020 21:47)

    本格的な官能小説。
    かなりドキドキしちゃいました。
    何気ないワンシーンが丁寧に描かれていて、ねっとりと絡みつくような空気感。
    でも下品な比喩は出てこない。
    この絶妙なバランスは龍仁くんのそれを思わせるようでした。

  • #2

    叶彩乃 (日曜日, 12 4月 2020 14:37)

    思いっきりR18ですみませ~ん。女性が読める官能小説をと思って書きました。お題目の「不倫」だと、ついこっちの方を妄想してしまい…。お嫌いな方がいらっしゃったら、小目汚ししてしまいすみませんでした!!

  • #3

    坂本ケイコ (日曜日, 12 4月 2020 18:23)

    独り身の私にとって刺激が強すぎ~!
    これは経験しないと書けない描写ですね。
    不倫にはこんな味付けがないと楽しくないですよね。
    官能小説大好きです。

  • #4

    龍ひかる (水曜日, 15 4月 2020 23:13)

    今晩は、女性から見た男性の魅力が表現された官能的な作品だと思いました。
    懐かしい男子の思いが甦りました。
    更に、年下を見る女性の性を垣間見た現実性がある展開にリアルな感情を抱きました。
    歳は関係なく恋をする熱い若帰りをかもし出す作品だと思いました。
    楽しく読ませて頂きました。
    ありがとうございます。

  • #5

    これは! すごい素敵 (木曜日, 16 4月 2020 22:18)

    最初から最後まで流れるようで、それから、約束がちょうどいい感じの? でさすが!