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寝取られ男の角と牙

寝取られ男の角と牙

本田 陸

 

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私はルイ・アンリ。『モンテスパン侯爵』と呼ばれている。フランス国王ルイ14世の時代に生きた軍人貴族だ。

戦争に出向いている間、最愛の妻アテナイスと国王が不倫している噂を聞いた。いてもたってもいられず、戦線から離れパリへすっ飛んで帰って来ている所だ。

「あの身持ちの固い妻が信じられない……」

道中も半信半疑の念に揺れる。

私は根っからの武人であり、世事に疎い口下手な無骨者。妻はそんな男には不釣り合いな素晴らしい美女だった。豊かな巻き毛の金髪に鮮やかな青い瞳。きめ細やかな白い肌に豊満で艶かしい肉体。性格は快活で才気と機知に溢れる。妻は王妃の侍女をしており、その場にいるだけで大輪の花が咲きこぼれるような存在感を示した。

華やかな妻に言い寄る男は山のようにいた。それでも貞操を守り、口説いた男のセリフを面白おかしく真似て私を笑わせるような女だからこそ信じることができ、愛しくてたまらなかった。他の男が羨む高嶺の花を妻にしたことは男冥利につきてならない。とにかく、非の打ち所のない出来過ぎた女だった。

サン・ニケーズ街にあるパリの家に戻る。妻はいつものように笑い飛ばしてくれるさ。きっとデマだ——扉を開けると、明らかに妊娠している妻がいた。私の子であるはずがない。

「弁解しないわ。国王陛下のお子よ。だからあの時一緒に連れて行ってと言ったじゃない」

女は開き直り、冷ややかに言い放つ。あの時——一年前の記憶が甦り愕然とした。出兵の前日、アテナイスは国王に狙われている、と助けを求めてきたのだ。それを軽く受け流し、そのまま出立してしまった。それがこの様だ。

「この不埒な雌犬め、家門に泥を塗りおって!」

私はアテナイスの胸ぐらをつかみ、手を上げていた。その場に倒れた妻は私を睨み上げながら立ち上がり、無言でそのまま家を出てしまった。

あの時、耳を傾けてさえいれば——本当なら時間を巻き戻してやり直したい。しかし、それは神でもない限り出来ない技だ。一人部屋に残された私の前で、時計は刻々と針を進めていく。

「私はどうすれば良い?」

自問自答しながら、夢遊病者のように街をさ迷う。気付いたら知り合いの所へ出向いては、怒りにまかせて愚痴りまくっていた。相手を変えては、バカみたいに同じことを繰り返す。

予想に反し誰も同情しなかった上に、「育ちが悪い」と顰蹙をかいまくった。妻の父などは

「畏れ多くも国王陛下が、わが愚女をお気に召された、こんな栄誉なことはない。君だって、然るべき報酬や地位が与えられるのだ、有り難く思いたまえ。この恩知らずが!」

とネチネチ説教をたれる始末だ。

最後に訪れた幼なじみのフェリシテ侯爵だけは聖職者に相談してはどうか、と親身になってくれた。翌日教会に出向き、聖書の文言を引用しつつ結婚の神聖さを訴えた抗議書簡を書くことになる。

「国王の権威は神より与えられたものである。私の結婚も同じ神の元で結ばれた神聖なものであり、国王は神を畏れなければならない。よって妻を私に返すべきだ」

要約すると内容はこんな感じだ。しかし、待てど暮らせど国王からの返信は一向になかった。

ある日、宮廷の晩餐会に出席すると周囲が騒いでいた。国王の隣にアテナイスが並んでいるではないか!公式寵姫だったラ・ヴァリエール嬢が妻の侍女の一人として控えていた。公妾がアテナイスに取って変わった瞬間だった。

妻の姿をした女は我が物顔に振る舞い、元の女主人を公衆の面前で笑い者にしていた。「この低俗な女が私の妻なのか?」目を覆いたくなるような豹変ぶりに打ちのめされる。しかも一緒に笑っている国王も国王だ!ラ・ヴァリエール嬢は、一度は愛した女だろう。妻の裏の顔を見る羽目に陥らせた張本人がルイ14世——私は決めた。国王と『妻もどき女』にも復讐してやる。心に誓って踵を返し、その場を後にした。

 


 

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国王に従うなら天国、歯向かうなら地獄。絶対君主政の常識だ。臣下は国王の従僕であり、どんな理不尽なことも耐えて拝受するのが『紳士としてのたしなみ』とされた。己を殺し、忍耐すれば相応の見返りが与えられるからだ。

戦争中、大臣を通して国王からの激励文をもらったことがある。しかも大尉には不相応な兵士の増員まで認められた。ようやく活躍ぶりを認められた、と有頂天になっていたのだ。

何のことはない。妻が国王の愛人になったのだから、その夫に関心を示すのも道理ではないか。

7年前に2歳年上の国王を初めて見た時「偉大な国王の側近く仕えたい」と、青臭くも憧れたものだった。まだ自分には宮廷の役職がなく、妻に認められたかった。有力者へのご機嫌伺いなどは性に合わないので、代々先祖と同じく武功で身をたてようと思っていた。

戦争があればどこへでも行き、命懸けで戦ったのも、全ては国王と妻のため——その想いを奴らが踏みにじった!

どうやって復讐してやろうと思案する。そうだ、ここは娼婦の溜まり場パリだ!私が性病に罹患して妻と交われば、必然的に国王に感染する——想像するだけで笑いが込み上げてきた。

そうと決まれば地道な娼館通いを始める。顔色の悪い、いかにも病気を持っていそうな女ばかりをあえて選んで交わりまくる。努力が実った()時は売女と抱き合い、泣いて喜んだものだった。

後日宮廷に赴き、妻が身を寄せている知人の部屋を訪れた。誰もいない。うまい具合にアテナイスが一人で戻ってきた。審判の時が来た、胸がドキドキする。

「なぜ貴方がここに!」

驚き震える妻のドレスを素早くまくり上げ、茶巾結びにして転がしてやる。陰部もあらわなストッキングのみの、白い肉感的な下半身があらわになる。懸命に身をよじるアテナイスの体を開き、秘唇めがけて挿入しようとしたその時

「やめないか、ルイ・アンリ!ご先祖に顔向け出来るのか」

妻の知人と共にフェリシテ侯爵が現れる。侯爵は私が娼館に足しげく通っている噂を聞き不審に思っていたという。知己ならではの勘が働いたのか——妻と知人に経緯を説明し、わざと策にはまってもらったという。

私は膝を落とし、その場に崩れ落ちてしまった。知人に解放された妻は「この獣、早く出て行って!顔も見たくないわ」と顔を紅潮させ、激しい剣幕でまくし立てた。

侯爵に支えられながら、その場を後にする。しばらくすると、彼は言い辛そうにしていた。私が息子を出しっぱなしにしていたからだ。

結果はこの通りの醜態ぶり。私の黒歴史の一つとなった。


 

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寝ても覚めても気持ちは変わることがない。あの時の国王と高慢な女の姿が呪いのように頭に焼き付いて離れない。私は性病を治療しながら、悶々とした日々を相変わらず過ごしていた。

家門のプライドを守り、奴らに一矢報いるにはどうすれば良いのか?国王に従えば天国、逆らえば地獄。だが、己や家門の尊厳を犠牲にしてまで得た地位や名誉など何になろう?飼い慣らされた駄犬になるより、野に放たれた孤高の獅子たれ。プライドの対価は——分かっている。こんな不器用な生き方しかできないのだ。売られたケンカは必ず返してやる。決して決して諦めんぞ、やるだけのことはやってやる!

その時、頭をかきむしる私に神の閃きが舞い降りた。

数日後、宮廷広間にて。

「うわ、先日の巨根侯爵」

「あんな騒動の後で、よく出仕できるな。野蛮人」

「喪服?男性機能の喪だったりして」

アテナイスが恐らく吹聴したのだろう。遠慮のない陰口が飛び交う。しかし、口だけの精神的去勢者たちだ。私が一睨みすると『モーゼの海割り』のように、人だかりが両側に分かれて道が出来る。道の向こうには国王がいた。私の姿を認め、面喰らったように眺めていた。

「これはモンテスパン侯爵殿。喪服をお召しとは、誰かお亡くなりになられたのですか?」

今では絶対君主の御光も消え失せた単なる男だ。先祖の七光りを錯覚して有難がっていたかつての自分が恥ずかしい。

「妻が亡くなりました。二度と会うことはないでしょう」

広間に声が響き渡る。周囲の唖然とした空気を一身に受けながら、踵を返し靴音を高らかに鳴らした。

予想通り、後日私は牢獄に放り込まれることになった。

2週間後——国王から沙汰が下される。24時間以内にパリを退去し、領地に隠棲することが釈放の条件だ。命令に反すると不敬罪として死罪もあり得るという内容だった。

囚われている間、「国王に逆らった最高に面白い男がいる」ということで、パリ市民たちが面会に訪れたものだった。罪人のあまりの人気ぶりに、これ以上騒動を起こされてはかなわないと追放することにしたのだろう。裏でフェリシテ侯爵たちの働きもあったかもしれない。

私は宮廷の条件を受け入れた。しかし、このまま大人しく帰ってなるものか!パリ退去の条件と引き換えに、国王から大金を受け取ったというデマを流す輩がいたからだ。

そこで、従僕たちに一連の指示を出した。

出発の時間になると、パリ市民が私たちの行列を取り囲み——どっと湧いた。

黒塗りされた馬車の上をさらに黒い布が覆う。車に繋がる六頭馬にも葬儀用の飾りが付けられている。「寝取られ男の頭には角が二本生える」という言い伝えがあるので、鹿の角を手に入れ御者台にくくりつける。さらに、紋章にも二本角を描かせた。

この旅行は妻の喪に服するためのもの——私はそうして、パリ中に宣言したのだ。

どこからか教会の鐘が鳴る。鐘といえば、息子が生まれた頃に一度アテナイスを私の領土に連れて来たことがあった。その際、村の教会に鐘を寄進したが、妻は音が良くなるようにと、一掴みの銀を鋳造の際に投げ入れた。目を閉じれば、あの日の若く美しい妻が蘇った。

十数年後、国王に飽きられた妻が復縁を迫ったが断固として拒絶する。色々あったものの、そこそこ楽しい人生を終えたものだった。

 

後世の私の評価は——『ルイ14世に反抗した唯一無二の男』として奇人変人伝に名を残すことになった。変人扱いは極めて遺憾だ……

 

 

(了)

 

 

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コメント: 4
  • #1

    桑山 元 (木曜日, 09 4月 2020 19:18)

    この文字数で中世ヨーロッパの時代背景を描くのは大変だったと思います。
    絶対君主制では国王のお手付きが名誉となるところが面白かったです。
    今まで何の違和感もなく理解していましたが、言われてみれば立派な不倫ですよね。
    その時代その時代の常識がいかに危ういものなのかを感じさせる内容でした。
    力のある者に挑んでいく無力ぶりが切ない……。

  • #2

    ナル (金曜日, 10 4月 2020 06:09)

    こういう生き様は、嫌いではありません。

    むしろ好きです。

    憧れるが、どれほどの人が貫けるか……


  • #3

    叶彩乃 (金曜日, 10 4月 2020 11:53)

    壮大なストーリーを一気に読んだ感じがします。時代背景がしっかりと描かれているので、読んでいてタイムスリップして傍観者になっている気がしました。
    国王のもとにおいて子供を産むということは大事なことかもしれませんが、この時代産めずに捨てられる女性も多くいただろうし、またこのストーリーのようにすでに夫がいるのに侍女から王妃へとなった女性も多くいたんでしょうね。真直ぐに妻を愛した主人公が切ないです。

  • #4

    龍ひかる (水曜日, 15 4月 2020 22:19)

    今晩は、楽しく読ませて頂きました。
    冒頭に時代背景があり半信半疑浮の疑惑から、権力による愛情の裏側を時代を越えた男女関係を描き国を守るかたわら個人の愛を守るのか?という正に自分との戦いのように感じました。
    ありがとうございます。