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青い海

 

青い海     

           龍ひかる

 

「‘うみ’、今日は家内が早く帰って欲しいと言うので早めに帰る事にする。」

 そう言い先生は、渋谷のホテルの一室で白いシャツの袖に腕を通しネクタイを締めていた。私は未だベッドの中、裸にタオルケットを巻いていた。

私は先生の恋人で先生を愛しているんです。でも私には先生を本当に愛する資格があるのか分からなくなる時があるんですけどねっ?

「‘うみ’、今日は帰りらないで一緒に家に来るか? 家内が‘カイ君’も誘えばと言いだしたんだ。」

 そう、私は先生の前では間違いなく女なんです、ですが私は最近、流行りの女装男子なんです。先生の前では女装し心も女として本当に先生を愛しているんです。今後の人生は先生と共に女として生涯を過ごそうとお金を貯めて性転換手術をしようと本気で考えているのっ!

「先生、本当ですか? 奥様が私を一緒に夕飯に誘ってくれたんですね。」

「勿論だ、‘カイ君’を紀子は本当に自分の子どものように思っているからね。」

 先生と奥様の紀子さんの間には子供がいなく奥様は本当の息子のように私と接してくれるんです、女としての‘うみ’ではなく勿論、男子の‘カイ’としてねっ。

「先生、嬉しいです。 私、さっそく化粧を落として‘カイ’に戻ります!」

「じゃあ、私は先に出て、いつものカフェで待っているよ。」

 先生は渋谷のホテルを先に出て行った。私はベッドから飛び起きて化粧を落とし女物の服をカバンにしまい青いスキニ―デニムと白いTシャツを出した。髪を後ろにかき上げ女の子の‘うみ’から男子である‘カイ’に戻った。

「よし、これで完璧だ。」

 気持ちを入れ替えて男子に戻り‘カイ’としてホテルを後にした。渋谷センター街を抜け、しばらく歩くと‘人間関係’と言うカフェバーがある。いつも先生とは、このカフェで待ち合わせするんです。昼はランチもあるカフェで、夜はお酒も飲める洋風でバールの様な雰囲気で私は好きなんです。

 店内に入るとカウンターにパンやお総菜がお皿に盛られているんです。店内を進むとアンテーク調の丸テーブルが並べられているの。その丸テーブルの中央に先生が壁に背を向けて座っていた。そう、いつもの席なんです。そして私は先生の座っている店内に脚を運んだ。

「先生、お待たせしました。」

 私は‘うみ’とは少し違う低い声で先生に話しかけた。先生は顔を上げて右手を上げた。

「ちょうど今、家内に電話して渋谷で‘カイ’君と待ち合わせして家に向かうと伝えたところだよ。」

 そう言い先生は、ホテルのベッドで、つい先ほどまで私と愛し合っていた‘うみ’を感じさせないくらい、別人の‘カイ’と話しているのだ。もう、このような生活が何年過ぎたのだろう。3年は有に過ぎた日常が私の人生の大半を占めていたのだ。

私の中では随分長い間という感覚であった。男子になった‘カイ’であっても先生と向き合う心はやっぱり‘うみ’のままなんです。ただ、、、奥様の紀子さんと会う時は私、女の‘うみ’ではなくもう一人の男子‘カイ’としてでも、少なからず心は女性なんですけどね。

でも‘うみ’の私と言うより僕という‘カイ’の身体が紀子さんを受け入れてしまったのです。そう、僕は男子としての奥様の紀子さんとイケない関係を持ってしまったんです。

先生は知らないのですが、実は紀子さんとの関係が1年ほど続いているんです。先生には悪いと思いながら紀子さんに、先生が私を女として見てくれなくなったと相談され泣きつかれたんです。

そんな時、僕に男になってくれと言われ、私は紀子さんを受け入れてしまったんです。私の心は女子で先生を愛し続けたいんです。でも紀子さんの家族愛に癒され、今では母をかばうような気持で男子として‘カイ’の責任という関係になってしまったんです。

私? 僕? は23歳、青井海(あおいかい)男子なんですが小さいころから女の子みたいと言われて育ったんです。だからという訳じゃないけど、今は皆に内緒で女装をしているんです。

 最近、流行りの女装男子が行く新宿の女の子クラブに行って、男の子から女の子に変身するのが楽しみで私の日課になっているんです。

 女装したまま外出もオーケーなので女の子気取りで買い物をしたりヘアーサロンに行ったりカフェでお茶したりしているんです。勿論、イケ面男子にもナンパは良くされるんですけどねっ。でも何故か気になる子がいなかったんですよね。

 でも、3年前、女の子クラブで知り合った年上の女の子? 男性? その方は新宿歌舞伎町でニューハーフのバーを経営していて、人が足りないので一緒にお店に出てアルバイトしてみない? なんて声をかけられたんです。

 先生と初めて会ったのは、そのニューハーフ・バーでバイトをしている時だったの。薄ピンクのニットのミニワンピースに肩が出るくらい大きく首元が開いた白いフワフワのモヘアニットを着て、生脚に白いパンプスを履いていたの。

 良く脚が綺麗だねって言われるんだけど、みんな男子の脚だとは思っていないんですよねっ。私の身長は162センチ、体重45キロ、チビで痩せ形の貧弱な男の子って感じなんですが、女装すると手足が細くて色白で丁度良いみたいなんですよねっ。

 そんな中、バイト先に紳士的で弁護士をされている方が来店したの。私、なんと一目ぼれしてしまったの。初めて先生を見た時から、こんな気持ちになったのは初めてだった。

「‘うみ’さん、3番テーブルのお客様からご指名です。」

 そうスタッフに告げられ、私は3番テーブルを覗き込んだ。お陰さまで、ここ数日、指名が増えていたんです。スタッフさんいわく、私が普通に色白で、かよわく可愛い女の子に見えるらしいからと言っていました。また、いつものお客様かと持ったんですが、いつもとは違い初めてのお客様からのご指名だったんです。

緊張しながら、そのお客様に私が座ったまま会釈してテーブルをたった。指名して頂いた初めてのお客様のテーブルの前までスタッフに私はエスコートされ紹介された。

「今日はご指名頂き誠に有難うございます。‘うみ’と申します。」 

 私は、数人いた3番テーブルに向かって会釈して話し出した。そこには紳士的な男性が5人ほど座っていた、その中でもひときわ私の目を引く男性がいて他の男性から‘先生’と言われていたの。テーブルに付いて白ワインを飲みながらお話をしたの。その、気になる先生の歳は、46歳青山で弁護士事務所を経営する先生でした。

その後、個人的にお付き合いを始めたの。先生には奥様がいて、奥様の紀子さんは43歳、セレブな品のある御夫婦でした。そんな夫婦関係の中に入り込み、私が先生を好きになる事で家庭が崩壊しないか心配もあるんです。そんな私の迷いもある中また今日も先生の自宅に向かおうとしてるの。

「カイ君、家内が君の好きなローストビーフにラムのステーキを用意しておくと言っていたよ。家内特製の‘カイ’君が特に好きなマスタードソースもね。」

「先生、嬉しいです。紀子さんの手料理は、その辺のレストランよりとても美味しいしセンス抜群ですからね。」

「カイ君が言うと家内はいつも気を良くしてくれるからな。 うみと逢う口実としては、もってこいなんだ。」

 そう言い先生はテーブルのカフェラテの入ったカップを持ち上げ一口で一気に飲み干した。

「じゃあ、そろそろ行くとしようか。」

 先生は、空になったカップをテーブルに置き席を立った。私も先生に続き席を立ち先生の後ろ姿を追い出口に向かった。外に出ると既に暗くなりはじめていた。空気が暖かく春を感じさせてくれた。

 渋谷から麻布の先生の自宅までは電車で移動した。麻布の高級住宅地の一角にある先生の自宅についた。入口の門をくぐり玄関のカギを開けた。

「おい、紀子、戻ったぞ。」

 先生は、玄関に入り靴を脱ぎスリッパに履き替えて廊下を進みリビングに向かった。私も先生の後を追ってリビングに向かった。リビングに入るとマスタードの良い匂いにオリーブオイルと香草の香りが全身を刺激した。

「紀子さん、凄く美味しそうな匂いがしてますね。先生が今日は僕の好きなローストビーフとラムのステーキを用意してくれてるって聞きました。」

 僕は、キッチンに立つ紀子さんの横に行き覗き込んだ。そして先生が先にテーブルに着くと僕も後を追いテーブルに座った。勿論、先生と紀子さんは隣同士に座り僕は二人の前に座った。テーブルには白いクロスが敷きつめられ、そこには、シャンパングラスとワイングラスが並べられていた。

「カイ君、じゃあ乾杯しましょうね。」

 紀子さんがそう言いグラスにシャンパンを注いだ。

「今日もお招きいただきありがとうございます。」

 私はそう言い紀子さんに会釈し先生に笑顔で話しかけた。

「先生、今日も僕は先生のお宅に泊まっても良いんですか?」

 先生は、隣に座る紀子さんの顔を見てうなずいた。紀子さんも先生を見つめ笑顔でうなずいた。

「勿論だよ。いつもの客室を使いたまえ。」

 そう言って先生はニンマリと笑った。紀子さんが少し「ずるいわっ!」と言わんばかりに口を歪ませた。まさか先生の前で紀子さんとの関係をばれないようにと装うのだが私の顔は強張ってしまった。

 紀子さんは、この日を待ち望んだ。勿論、先生との関係など知る由もないんだから。そして食事も済ませ夜を迎えた。

「うみ、入っても良いか。」

小声で先生が私の部屋に入ってきた。先生とまた今夜も共にできると私の心は躍った。先生と私はベッドの中で抱き合った。すると、そこに紀子さんが入ってきた。

「あなた、、、! カイ君は私のものよ。あなたが私を女として抱いてくれないからカイ君が私を女として抱いてくれるのよ。だから私のカイ君を取らないでっ。」

 紀子さんは、そう言うと真っ赤なバスローブを肩からストンと落とし女性らしい綺麗な身体が暗闇に映りだされた。

「紀子、まさか私たちの関係を知っていたのか?」

 紀子さんは、うなずき私たちが掛けていた布団をはぎとり先生のモノを持ち上げ、右手に持っていたキッチンバサミで切り落としてしまった。

「これで、あなたは私のものでも、カイ君のものでも無くなったわ。」

 返り血を浴びた紀子さんがニヤニヤと引きつりながら不気味な笑顔を浮かべていた。その後、私は紀子さんの求める男‘カイ’として、先生は男性機能が無くなり私の代わりに性転換手術を施し女性として僕‘カイ’の彼女として、新たに三人の人間関係が始まった。私は僕になり本来の女心が薄れて行く虚しさと闘いながら、後悔の念と真逆な二人との幸せを勝ち取った満足感という二つの複雑な人生を歩むことになった。

 

 

(了)

 

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コメント: 4
  • #1

    桑山 元 (木曜日, 09 4月 2020 17:24)

    多様性が求められる時代、そしてLGBTへの理解が深まる一方、彼ら彼女らへの対応に戸惑う人も少なからずいる。
    そんななか、先生の「女」であり、奥様の「男」である私は、思っているよりも意外とノンフィクションに近い状況なのかもしれない。
    もはや性に縛られることの意味が分からなくなる時代に、それでも動物としての性への衝動が忘れられないのは痛烈な皮肉だ。
    衝撃的なラストもインパクト充分だった。

  • #2

    叶彩乃 (金曜日, 10 4月 2020 12:00)

    主人公の可愛らしさと軽さと強かさが独特な口語体に現れていて、こういった書き方もあるんだなぁと改めて思いました。方言を使うと読者を引き込みやすいと聞いたことがありますが、「青い海」もそうで、ぐいぐいひっぱられました。タイトルも、物語にかかる風景や登場人物の心情を表していると思いきや、実は主人公の名前っていうアイデアもなかなかです。最後の大どんでん返し、‘うみ’ちゃんはこの後どうなるのかなぁ…フフフ楽しませていただきました。

  • #3

    すごいですね… (金曜日, 10 4月 2020 22:32)

    ですます調と、である調が混ざっているところ。
    海とうみさんがまざっているところ。
    誰が男でだれ女かよくわからなくなってしまっているところ。
    全部が混ざっていてカオスなところがとても個性的です。
    誰にでもできない。つまり、天才ってこと!

  • #4

    龍ひかる (水曜日, 15 4月 2020 23:44)

    皆さま、こんばんは。
    コメント&アドバイス頂き誠にありがとうございます。
    現代に少しずつ明るみになるジェンダーの二重人格的な性格を使い分けてみたのですが、汗!。
    何分文章力に語彙力に比喩力に感情移入すら出来ない私です。
    皆さまの作品には、不倫をテーマに時代背景や人間力が表現された作品ばかりでした。
    メッセージも表現力され素晴らしい作品ばかり中、私のような作品が並ぶ事が間違いだと思います。
    ですが、皆さまのアドバイスで少しでも成長出来たら幸いです。。
    今回は、自分が表現できる限りの力で書いてみました。
    現代におけるジェンダーに送るメッセージを込めて官能小説にならないように不倫を通して人間に男女とは何か?という私の愛をテーマにして書いてみました。
    アドバイス頂き誠にありがとうございます。