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小説の書き出しはどう書けばいいのか?

 

小説の書き出しは千差万別、

作家によって、さまざまである。

 

小説の書き出しというのは、

私たちが住む現実世界と、

小説家の想像力によって生み出された世界とを分ける敷居のようなものだ。

 

まさに、作家が、空想世界へ引きずり込む場所だといっていいだろう。

読者の注意を引きつけ、読者の胸倉をつかんで敷居のなかに引きずり込むわけだ。

 

しかし、読者は、まだその作家の語り口調や、語彙、文法に慣れていない。

読者はゆっくりとためらいがちに読み進めていくはずだ。

 

登場人物の名前や、親族、血縁関係、季節や時間、場所などの詳細な状況設定、

読者は、物語を理解するために必要な多くの新情報を収集し記憶する。

 

果たして、これだけの努力をする甲斐があるのだろうかという疑問を持ちながら読み進める。

 

だから、最初の一文から読者を虜にしなければいけない。

 

 

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■小説にはいろんな書き出しがある!

 

もっともオーソドックスな書き出しは、舞台装置から書き出すパターン。

物語の背景となる景色や街の外観を描写するという書き出しだ。

 

トマス・ハーディの『帰郷』の冒頭では、

エグドン・ヒースと呼ばれる荒野の陰鬱な情景が描写されている。

 

人物描写から書き出すパターンもある。

たとえば、こんな感じ。

 

エマは、端正な顔をした利口な女性であり、

何不自由なく暮らしていけるだけの富を有し、

加えるに、温かい家庭と明るい気質を併せ持ち、

まさに天の恵みを一身にあつめているようであった。

 

サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』みたいに、

自伝という伝統的な文学の形式を小バカにするところからはじめる小説もある。

「あんたがまず聞きたがっているのは、おれがどこで生まれたとか、ガキの頃どうだったかとか、おれが生まれる前に親がどんなことをしてたかとか、デイヴィッド・コッパーフィールドみたいなダルい前置きなんだろうけど、そんなの喋る気ないからね」

 

『白鯨』のように、語り手が自己紹介して読者の注意を引いている小説もある。

 

哲学的な回想からはじめる小説もある。

 

どんな書き出しでもかまわない。

それは作者の好みだ。

 

そこで、重要となることは、読者の心を虜にして、次のページを読ませることができるかどうかだ。

読ませられなければ、その小説は駄作と言われる。

 

 

 

 

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■ショート小説や短編での書き出しは?

 

最も多く採用されている書き出しのパターンは、登場人物が動く描写から始まっている。

つまり、映像的な描写だ。

 

司馬遼太郎の『竜馬がゆく』の書き出しはこうだ。

 

「小嬢(こいと)さまよ」

 と、源爺ちゃんが、この日のあさ、坂本家の三女の乙女の部屋の前にはいつくばり、芝居もどきの神妙さで申しあげたものであった。

「なんです」

と、乙女がうつむいて答えた。手もとが針仕事でいそがしい。あすという日は、この屋敷の末っ子の竜馬が、江戸へ剣術修行に旅立つ。

「えらいことじゃ。お屋敷の中庭のすみの若桜が、花をつけちょりまする」

 

 ま、こんなふうに、セリフをまじえた映像的描写が書き出し部分だ。

 

 

村上春樹の『ノルウェーの森』も映像的な描写からはじまっている。

 

僕は三十七歳で、そのときボーイング747のシートに座っていた。その巨大な飛行機はぶ厚い雨雲をくぐり抜けて降下し、ハンブルグ空港に着陸しようとしているところだった。

十一月の冷ややかな雨が大地を暗く染め、雨合羽を着た整備工たちや、のっぺりとした空港ビルの上に立った旗や、BMWの広告板やそんな何もかもをフランドル派の陰うつな絵の背景のように見せていた。

やれやれ、またドイツか、と僕は思った。

 

ショート小説や短編では、ちまちまと説明や能書きを言っている暇はない。

核心部分を映像的に描写することが望ましい。

 

描写するときのポイントは、何度も繰り返しになるが、

「最初の一文から読者を虜にしなければいけない」ということだ。

 

そのためには、

映画の予告編のように、誰もが「見たい」と思うようなシーンがあるはず。

 

小説をそこから映像的に描写して書き出すのだ。

 

 

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