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小説『本官は無実だ!』

「本官は無実だ」

 

「おい、止まれ! 止まらないと撃つぞ!」

 

ハロウィンの夜に警官に追いかけられている人間がいったい何人いるだろうか? 本官がその一人だ。

雪がハラハラと舞い落ちてこようが、海からの寒風が白い肌を直撃しようが、本官にはそんなことは感じられない。なぜならば、汗を吹き出しながら必死で走っているからだ。

 

こともあろうに赤いフンドシ姿で、だ。

 

港へ通じる大通りは夕暮れ時を迎え仮装した人達で賑わっている。

 

夜に向けてその数はますます増えるだろう。その中を本官は逃げている。

警官の本官が、なぜ警官に追いかけられているのか。しかもこんなあられもない姿で…。

ああ、あのとき油断しなければ。本官は唇をきつく噛み締めた。

 

 

 

本官がいつも通り街をパトロールしていると、突然、一人の男に声を掛けられた。捻じりハチマキとハラマキをしたちょび髭の男だ。

「制服をもらいにきたのだ。ハロウィンの仮装がしたいのだ」

は? 呆気に取られる本官の全身にぶるっと震えが来た。

「ハックション!」

気がつくと本官の制服がない。帽子もない。なんと全部ちょび髭の男に一瞬にして盗まれた。本官は愛用の赤いフンドシ一丁だ。

ちょび髭の男は、目を奪われるほど滑らかな動きで大通りの人ごみを駆け抜け、振り向いてアッカンベーをする。何という余裕! 何という侮辱!

「待て。本官の制服を返せぇっ!」

本官は喉が張り裂けそうなくらい叫んだ。

「いやなのだ。返さないのだ。警官の仮装がしたいのだ」

この野郎、ふざけるな! 制服を取り戻さなければ、本官はクビだ! ヤバい! 何が何でも捕まえてやる。

 

 

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血相を変えて追いかける本官を今度は後ろから呼ぶ声がする。

 「そこの赤フンの男! 止まりなさい!」

 振り返ってみると警官だ。本官を捕まえようと迫って来る。これじゃあ、まるで本官が泥棒みたいじゃないか! 

「待て、待てと言っているだろ!」

警官の怒鳴り声が飛んで来る。

ちょび髭の男のことは後回しだ。とにかく逃げなくては! 捕まってたまるか!

本官は仮装の人だかりを切り裂くように突き進む。

 

驚いて悲鳴をあげるゾンビ男を辛うじてかわし、豊満な胸をむき出しにした魔女の脇をすり抜け、

道路に転倒したかぼちゃの着ぐるみを飛び越えた。

 

その時だ。フンドシがハラリと外れて宙に舞う。

 

「うおっと!」

なんてこった! 慌てて両手で包み隠す。

 

「みんな見るのだ! この男、裸なのだ! 捕まえるのだ!」

 

今のは、ちょび髭の男か?

 

その声を聞いて辺りの視線が一斉に本官に向けられた。

 

「きゃあ! この人、裸よ!」

 

「わいせつ罪だ!」

 

「捕まえろ!」

 

この騒ぎのせいか、応援を呼んだのか、パトカーのサイレンが聞こえてきた。

路地からは自転車の警官も追いかけてくる。

 

ヤバい! 

 

このままじゃ追いつかれる! 

 

恥ずかしがっている場合なんかじゃない!

 

大通りを左折し、狭い路地へと入ると、前からも警官が向かって来るのが目に飛び込んで来た。

 

挟みうちだ。

 

右だ。もう右に曲がるしかない。

 

 

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曲がった先には警官の姿は見えない。

 

しめた! 

今のうちだ。

 

前に広がる公園を横切って倉庫の前で足を止めた。

 

幸い倉庫には鍵がかかっていなかった。

 

本官は倉庫の中に駆け込み、急いで扉を閉めた。

 

中は、黴臭くて埃っぽい。奥は真っ暗闇だが、手前には薄暗い中に広いスペースがぼんやりと見える。

 

積み上がった荷物などはほとんどなかった。

 

「ハアハア、ここまで来れば、大丈夫だろう」

 

 前かがみになり、息を切らしながら一人ごとを言った。

心臓はバクバク、膝はガクガクしている。壁に寄りかかりたい。

 

「待っていたのだ」

突然、奥の暗闇から声がする。

 

「ぎゃぁぁぁ!」

本官は倉庫の天井を突き破らんばかりの叫び声をあげた。

 

「お前を銃で撃つのだ」

あのちょび髭の男だ。

本官の制服を着てやがる。

制服の上にハラマキをし、制帽の上にねじり鉢巻きをした男が本官に銃口を向けている。

一歩一歩近づいて来た。

 

心臓の鼓動が全身に響き渡る。

 

「待て。撃つな。頼むから撃つな」

 

「いやなのだ。覚悟するのだ」

 

本官のほほを一筋の汗がつたう。もはやこれまでか。歯を食いしばり、目をつぶった。

 

ズキャーン。

 

「ぐわっ!」

 

ああ、本官は死んだのか…あれ、生きているぞ。撃たれてないのか?

 

恐る恐る目を開けてみた。銃は天井に向けて発射されている。

張り詰めた風船から一気に空気が抜けていくような脱力感だ。

本官はその場にへたり込んで、おもらしまでしてしまった。

 

「返すのだ。ハロウィンの仮装にはもう飽きたのだ。家に帰るのだ。これでいいのだ」

 

男は制服を脱ぎ捨て、銃を本官に握らせて倉庫を出ていった。

 

 

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ポカンとしている本官の耳にパトカーのサイレンが近くを通り過ぎていくのが聞こえた。

 

 しまった!

 

今の銃声で居場所がバレてしまったようだ。

焦りが足元から全身に這い上がってくる。

一刻も早く逃げなくては。

いや、今すぐにここを出るのは危険か…考えがまとまらない。

本官は扉のあたりを行ったり来たりした。じっとしたままではいられなかったのだ。

 

もし、今ここに警官が来たらどうなる? 

 

発砲したのはあのちょび髭の男なのに、今その拳銃はこの手に握られている。

 

しかも本官は全裸だ。

 

きっと、本官は拳銃所持、発砲、及び、わいせつの罪で逮捕されてしまうに違いない。

肩に重たいものがのしかかってきたような気がした。

 

いやいや待て。本官は警官だ。

この拳銃だって本官のものだ。本官が発砲したわけじゃない。罪に問われるはずがないじゃないか。

そうだ、堂々としておけばいいのだ。本官は一人で納得してうなずいた。

 

 と、その時、奥の暗闇からシクシクと泣く声が微かに聞こえた。

女の子の声のようだ。

 

 近づいてみるとやはり少女だ。

しかも手錠をかけられている。ヒドイことを。あれ、この手錠は、この手錠は、な、なんと、本官の手錠ではないか!

 

外はそれまで降っていた雪が雨に変わっていた。

雨足はだんだん激しくなっていく。

倉庫の中は雨音で充満した。

 

ど、どうしてこんなことに。とにかく手錠を外さなくては! 

 

「ちょっと待ってろ。今すぐ鍵をはずしてやるからな。ええと、鍵はどこだ。鍵、鍵、鍵は、と」

いつもなら制服のポケットにあるはずの鍵が見つからない。

上から下まであらゆるポケットを探すがどこにもない。

 

「どこだ、いったい鍵はどこだ!」

 制服をひっくり返して何度も振ってみた。しかし鍵は落ちてこない。

 

 そうだ、女の子の手は小さいから引っ張ったら手錠からすり抜けるかもしれない。

 

「ちょっと手を貸してごらん」

 

「いやだ、怖い!」

 話せばわかってくれるはずだ。軽く咳払いをして語りかける。

 

「本官は警官である。今は事情があって何も着ていないが、警官だ。心配しなくていいから手を貸しなさい」

 

「いやーっ!」

 

 トホホ、ダメか。だがこうしてはいられない。

外がなんだか騒がしくなってきている。 

 

 パトカーのサイレンが今度は近くで止まった。

それも二、三台続けてだ。それが本官の不安な気持ちを煽った。

 

 

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 こうなったら仕方がない。強行手段だ。

「いいから、おとなしく手を貸せ!」

 

 無理やり少女の手をつかもうとしたところを少女の爪が本官の顔をひっかいた。

「いやだ、いやだ、やめて!」

 少女は手足を滅茶苦茶に振り回し、悪魔から逃れるかのように激しく抵抗する。

「イテテ、痛いって、おとなしくしろ!」

本官のつかみ損ねた手がブラウスにかかる。

 

 ビリ! あちゃーっ。ブラウスが裂けちゃったよ。本官は思わず目を背けた。

 

言うことを聞かないからこんなことになるんだ。

しかし、この状況…全裸の男が手錠をかけた少女のブラウスを破った…本官は変態か! 

 

これは言い訳ができないぞ。とにかく手錠を外すんだ! 

 

 顔中ひっかかれ、腹には何発もの蹴りが入って痣だらけだ。

どうして助けようとしてやってるのにこんな目に。泣きたくなってきた。

 

とうとう少女の手をつかんだ。そのまま手錠を力まかせに引っ張る。

「痛い! 痛い! 離して!」

 抜けない。

それどころか、ますます食い込んだ。もう手を抜くのは無理だ。本官は泣きじゃくる少女の手を力なく離した。

 

まったく。泣きたいのはこっちの方だっていうのに。

 

途方に暮れて真っ暗な天井を見上げた。

 

いや、どんな窮地であっても道はあるはずだ。まずは落ち着こう。そうだ、落ち着け。

溜まったものを押し出すように息を吐いて、額の汗をぬぐった。

 

状況を整理しよう。

 

今、本官は全裸で、発砲した銃を持っている。

 

また、本官の手錠をかけた少女が側にいて、ブラウスは破れ、泣き叫んでいる。

そして、本官は警官に追われている、と…不利な条件ばかりじゃないか! 

 

 ピロリロリーン。ピロリロリーン。

 

なんだこの音は? もしかしたら、これは携帯の呼び出し音では? 

外と連絡がとれればなんとかなるかもしれない。一筋の光が見えた気がした。

 

音がした方へ駆け寄った。奥の暗闇、少女がいたあたりだ。

這いつくばって手で地面を探る。何かがあたった。ハンドバックだ。

震える手で開ける。あっ! やっぱりそうだ。スマホだ。これぞ天の助け。おそらく少女のものだろう。

 

 しかし、本官は普段はガラケーだ。

使い方がよくわからんが、見よう見まねだ。こんな風に指を動かしていたな。

 

おっ、画面が変わった。

どうやらテレビにつながったようだ。夜のニュース番組だろうか。

 

どこかの街のハロウィンの様子が紹介されている。

カボチャのランプの下で、幼い男女がお姫様と王子様の仮装をして手をつないでいる。

楽しげでほほえましい様子にふと気が緩んだ。

 

突然、カメラが切り替わり、眉間に皺をよせた黒縁メガネの男性キャスターが映る。

 

「ここで臨時ニュースです。凶悪犯罪です。

本日、ハロウィンで賑わうここ○○県△△市××町の港近くの倉庫で男が立てこもっている模様です。

現場からお伝えします」

 

興奮した様子の男性レポーターの奥には警官、機動隊に囲まれた倉庫が見える。

その周りには雨にもかかわらず、多くの人たちが集まっていた。

 

本官は目が飛び出しそうになった。この倉庫だ! テレビ中継までされているのか!  

 

「犯人は男性で全裸、銃を持っています。発砲したとのことです。警察は現在、人質がいるかどうかを確認中です」

 

早口でまくしたてるレポーターのすぐ近くで、場にそぐわないのんびりとした声がした。

 

「人質ならいるのだ。わしは知っているのだ。少女が人質なのだ」

 

 あのちょび髭の男の声だ! 余計なことを言いやがって! 

 

 

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「あっと、ここで警察本部からの発表です。倉庫の周囲に狙撃手をすでに配備。

さらに特殊急襲部隊SATを要請するとのことです」

 

 本官の手からスマホが地面に落ちる。画面中に無数のひびが走った。

狙撃手にSATだと! 最悪だ! 

 

「ああああああああああああああ!」

 

本官は両手で頭をかきむしりながら言葉にならない叫びをあげた。

 

「犯人に告ぐ。無駄な抵抗はやめて出てきなさい」

 スピーカーから冷静な声がする。 

 

何かを振り払うかのように本官は首を激しく左右に振った。何度も何度も。

そして胸に手をあてた。話せばわかる。話せばわかるはずだ。本官だって警官じゃないか。

 

「よし! 行くぞ!」

空気を深く吸い込み、目を見開いた。扉を勢いよく開けてまずは顔を出した。

「うわ! まぶしい!」

警察のライトと無数のカメラのフラッシュが一斉に本官を捉える。

本官はたまらず顔を引っ込め、二、三歩後ずさりした。腰から砕けてその場に座り込む。

本官の決意は跡形もなくきれいに吹っ飛んだ。

 

頼む、夢ならさめてくれ。

 

空しくも、冷酷な声がその願いを打ち消す。

 

「犯人に告ぐ。無駄な抵抗はやめて人質を解放して出て来なさい」

 本官には死刑宣告のように響いた。

 

もうダメだ。

 

言う通りにしよう。事情を話せばわかってくれる…はずだ。

ただ、全裸じゃまずい。せめて制服を着よう。

ん? 着てみるとなんかスースーする。

 

「なんじゃこりゃあ!」

暗がり上に鍵を探すのに焦っていてわからなかったが、本官の制服はズタズタに切り裂かれている。

いくらなんでもこれはマズい! 

 

「あのちょび髭の仕業か!」

本官は倉庫を破壊しそうなくらいの絶叫をあげた。

 

その時だ。開いていた倉庫の扉から何かが

 

投げ込まれた。煙を吹いている。催涙弾だ!

 

「今なのだ!」

 

「犯人発見! 全裸!」

 

「人質保護!」 

 扉から武装した屈強な男たちが次々と飛び込んできた…

 

 

(了)

 

(作・すべすべまんじゅうがにさん)

 

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コメント: 2
  • #1

    しろちゃぷ (月曜日, 11 6月 2018 13:08)

    スリル満点、コメディ調でスピード感あり一気に読んでしまいました。情景描写、心理描写がすばらしいです。

  • #2

    桑山 元 (水曜日, 13 6月 2018 19:34)

    サイコーに面白い!!
    息もつかせぬ展開とはまさに、このこと。
    凄いです。