『あいちゃんの妹』
今泉りえ
コンビニ店の前の通りの桜並木はもうすっかり葉桜になって緑がきれいです。
お天気もいいし気持ちのいい季節になりました。午前中で弁当がほぼ完売。
三時の本部からの配達の弁当はいつもより多いかも。
今日は棚卸しだし忙しそう。
コンビニでアルバイトをする女子大生のかわせさやかさんは、お昼のラッシュが終わり、もうひとんふばり、と気を引き締めていました。
あら、今入ってきたのはあいちゃん。
おしゃまさんでかわいい。
ひろせさんとはいろいろおしゃべりしてくれるけれど、なじみのない人とは話さないみたい。いつもお母さんと二人で来るのに今日は一人です。
一人で買い物だいじょうぶでしょうか。
「あいちゃんいらっしゃい。今日は一人でお買い物なのね。何が欲しいの?」
「あのね、あいちゃん妹が欲しいの。妹をください」
あいちゃんはニコニコして言いました。
「えっ、何!?」
「ママから千円もらったから、妹を売ってください」
あいちゃんは肩にかけていたポシェットを開けようとしました。
「ちょっと待ってあいちゃん。妹は人間だよ。人間は売りものじゃないのよ」
「うん、いいの。妹を売ってください」
あいちゃんにわかるように話さなきゃ。
「妹はね。売りものじゃないのよ」
「でも、ピッてできるもん」
元気よくあいちゃんはこたえました。
「えっ、ピッてできるの?!」
びっくり、声がひっくり返ってしまいました。
「うーん、ピッができるってことは、どういうこと? なにかと妹をかんちがいしてるってことかなあ」
「・・・」
あらあら、あいちゃん黙ってしまいました。
確か五歳だっていっていたなあ。五歳の女の子が興味ありそうなものって何かしら。コアラやパンダの絵があるお菓子があったなあ。
「あいちゃんの妹って、これかしら?」
あいちゃんは、ちらっと見たけれど下をむいて
「ちがう・・・」
それじゃあ、表紙にお姫さまが描かれた絵本かなあ。
「これかしら?」
あいちゃんは何も言わず、首を横にふりました。
これも違うのね。よしじゃあ、かわいいキャラクターが描かれたノートやえんぴつがあったなあ。
「これは?」
でも、あいちゃんはこれにも首を横にふるだけ。表情がだんだん固くなってきました。
えっ! どうしよう! ちょっと笑顔が消えたわ。あせってしまう。でもあいちゃんの妹って何なのかわからないし困ったなあ。アルバイトのやまだくんに聞いてみようと、ひろせさんは思いました。
「ねえねえやまだくん、この子、妹をくださいって来たの。この子の妹って何かしら?」
「妹ですかあ。もしかして、犬じゃないですか? ペットの犬あるいは猫かも」
やまだくんは笑顔であいちゃんに声をかけました。
「あいちゃん、コンビニで犬や猫は買えないよ」
あいちゃんは、何も言わず下をむいたままです。
「犬や猫じゃあないんだね。だったら、ぬいぐるみかな、人形かな。でも、どっちもこのコンビニには置いてないんだよ」
と、続けて言うやまだくん。
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あいちゃんは相変わらず、ずっと下をむいたまま。やだ、目がうるうるして涙がたまってきはじめたわ。
これはヤバイ!
「ねえあいちゃん、妹ってなあに。おねえさんにヒントくれないかなあ」
「・・・えっと、あのね・・・」
あいちゃんが、小さな声で何か言いかけたそのときに、メガネをかけた店長が二人のところにやってきました。
「かわせさん、店の中では他のお客さんのじゃまになるから、そういうやりとりは事務所でしてくれよ」
うわあ、店長の今の言葉にあいちゃんの体がビクッと反応しちゃった。
おびえて泣き出しそうな顔だわ。
「はい、わかりました。あいちゃん、事務所に妹をさがしに行こうね」
事務所に入るとあいちゃんはおとなしく椅子にすわりました。
「もう一回聞くけれど、あいちゃんの妹って、何? ペットの犬や猫でもないのよね?」
あいちゃんの目にたまっていた涙が落ちました。
そして涙が次から次へと流れてきて、ヒクヒクしはじめました。
とうとう泣き出してしまいました。
そこへ店長が泣いているあいちゃんを見て言いました。
「保護者の人に来てもらった方がよさそうだな。その子の家を知っているの?」
「お母さんは、いつも夜もおそい時間にくるんです。お父さんの姿見たことないのでひょっとしたらシングルマザーかな。お母さんとも顔なじみですが、さすがに家までは知りません」
「ふーん。母子家庭で一人っ子か。お母さんが帰るまで一人でさみしいから、妹が欲しいのかもしれないね」
そう言って、店長はしゃがんであいちゃんの顔をのぞき込んで言いました。
「お母さんに来てもらおうよ。おうちはどこにあるの?」
店長が聞くとあいちゃんの泣き声はさらに大きくなりました。
しょうがないなあという表情をして店長は立ち上がり言いました。
「警察に連絡しよう。交番に迷子ですって電話するよ」
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「待ってください。制服の警官を見たらよけい怖がってしゃべらなくなりますよ」
「でも、このままでも困るし、おうちの人も心配するだろう」
そういって店長は交番に電話してしまいました。
しばらくしたら、電話を受けた女のおまわりさんがやってきました。
そのころには泣き止んでいたあいちゃんは、黙ったまま下をむいて椅子にすわっています。
かわせさんはおまわりさんに説明しました。
「この子があいちゃんです。妹が欲しいので買いに来たって言うんです。妹って何のことなのかわからなくて何回も聞いているうちに泣き出してしまって」
おまわりさんは首をかしげて、あいちゃんに聞きました。
「こんにちは、あいちゃん。おうちは、どこか、言える?」
あいちゃんは何も応えず、ただただ貝のように固く口を閉じているだけでした。
そこへ、アルバイトのやまだくんが、
「あいちゃんのお母さんが来られました」
と事務所にあいちゃんのお母さんを連れてきました。
「どうもすみません。いつまでたっても帰らないから、心配で来たんです」
と言いながらお母さんが入ってきました。
あいちゃんは、お母さんの顔を見て安心したのか、再び大きな声で泣き出しました。
「ママ、妹を売ってくれないの」
泣きながらあいちゃんは言いました。
「まあ、あいちゃんたら、妹が欲しいとしか言ってないのね」
事情を察し、お母さんは説明しました。
「お人形さんごっこ遊びしていて、妹になる人形を欲しがったんです。
でもちょうどいい人形がなくて、代わりにかわいい女の子の絵の描いてあるハンカチを妹にするって言いだしたんです。
それがこのコンビニにあるから買いに行くってきかなかったんです」
それを聞いてかわせさんは思いました。
ああそれなら、商品入れ替えのため半額になったワゴンの中にそれらしきハンカチがあったはずだわ。
かわせさんは急いで店からそのハンカチを持ってきてあいちゃんに見せました。
「あいちゃん、これだね」
「うん」
涙でくしゃくしゃになった顔であいちゃんはうなずきました。
その場にいた、おまわりさん、店長さん、かわせさん、やまだくん、みんなほっとした顔になりました。
「どうも、ご迷惑おかけしました」
そう言ってお母さんがあいちゃんのポシェットから千円札をかわせさんに渡しました。
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「みなさん、本当にお騒がせしてすみませんでした」
お母さんは、かわせさんからレシートとおつりを受け取りながら何度も何度も頭をさげました。
なあんだハンカチのことだったんだ。
でもよかった。
一件落着。
これで棚卸しの仕事ができる。
そう思って、かわせさんは店の入り口まで二人を見送りました。
そのときです。
あいちゃんと同い年くらいの男の子が走ってきて、店の前で止まりました。
そして、男の子は千円札をしっかりにぎりしめて店に入ってきました。
男の子は、かわせさんと目が合うと、元気な声で言いました。
「こんにちは、弟が欲しいです。弟を一つください!」
おわり
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しろちゃぷ (月曜日, 09 4月 2018 09:37)
心が和む優しいおはなしですね。大人たちが一所懸命あいちゃんの言っている妹がなんなのか想像するところが、愛があってホッとします。店長さんも警察官も、登場人物がみんな優しい。きっと作者さんもそうなんだろうな。ステキなおはなしありがとうございございます�
高橋佳予子 (月曜日, 23 4月 2018 09:47)
こんにちは。
今泉さんの小説読ませて頂きました。初めての小説とは思えないです!冒頭で心をつかまれ、テンポよくストーリーが流れ、最後まで一気に読ませて頂きました!
大変参考になりました。私も挑戦します‼️