ひげリボン
Shigemi
①
「あー、気になるー」
さっきのあれは何なんだ?
見まちがい?それともホンモノ?
もう他はどうでもいいや。
早く追いかけるんだ!
②
今日はめずらしく家族4人でフリーマーケットに来ている。
夏休みになって初めての日曜日だ。
めずらしく4人でというのは、いつもはたいてい父さんとぼく、母さんと妹の2組に分かれて出かけるから。
でも、
「わたしはっこっちがいい!」
「ぼくはそんな子どもっぽいの、もう興味ないよ!」
って感じで、結局は今日もいつも通り、2組に分かれることになった。
ぼくの住んでいる地域では、毎週末交代で必ずどこかでフリーマーケットが開かれている。
学校の校庭だったり、今日みたいに大きな市民公園だったり、ぼくが住んでいる団地の公園のような小さな場所のときもある。
自分の町内であるときは出品料がタダになるから、結構いつでも賑わっている。
だけどほんとうは、ぼくはこんなとこよりプールがよかった。
運動が苦手なぼくだけど、水泳だけは得意なんだ。
『もう暑くて歩きたくないよぉー。それにこんなにまぶしくちゃ、目も開けてられない』
ぼくは父さんのあとをダラダラついて行きながら、またプールのことを考えていた。
でもこれを言うと「どうしてもっとお兄ちゃんらしくできないんだ?」って言われるから、黙ってガマンだ。
おもしろくない気分のまま歩いていると、困ったことに、ぼくは『今日の不思議』を発見してしまった。
なぜ困るのかというと、父さんも母さんも、最近のぼくのことを『いつまでも幼稚で落ち着きがない』って言うようになったからだ。
ぼくは4年生になった頃から、いろんなことが気になって仕方がないんだ。
知らないことを見たり聞いたりしたらもういてもたってもいられなくて、飛び出しそうになる。
『ぼくはただ、あのことが知りたいだけなんだ。確かめに行くだけなんだ。そして次々と
別の不思議を発見してしまうだけなんだ』
でも何回言っても、どんな風に言っても、妹のわがままといっしょにされてしまう。
だからぼくはその気持ちを隠している。
そうしているうちに、ほかのいろんなことも説明するのがめんどくさくなってきて、家ではあまりしゃべらなくなった。
すると今度は、反抗期とか言われて. . . . 。
何もかもそんな風に勝手に決めつけられるのが、ぼくはほんとうに嫌なんだ。
『そうだ!』
ぼくは思いっきり機嫌のいい顔をして父さんに言った。
「ねえ、1人で見てきてもいい?」
「いいよ。そうだな、あと1時間したらそこのハンバーガー屋の前においで。遅れるんじゃないぞ」
「うん、わかった」
『良かった。父さんも暑くて疲れたんだな。これで1人で自由に探せるよ。父さんと一緒じゃ、スピードが出ないからな』
少し歩いて振り返ってみると、父さんは木陰の草の上に座っていた。
『シメシメ』
こう思った自分のことが、ちょっとおかしかった。
そしてぼくはすごい勢いで探し始めた。
『確か、この角のお店だったよな. . . . 』
さっきの場所に戻ってみたけど、もうそこには見えない。
『どの列もお店も似ているし、まちがえちゃったかな?』
ぼくは見落とさないように、今度は一番端の列の先頭から順に見ていくことにした。
でもどこにも見当たらない。
「よーし。今度は逆からもう1周だ!」
でも、どこをどう探しても見つからないんだ。
あんなに走り回ったのに。
ぼくはもうヘトヘトだ。
『やっぱりあれは、見まちがいだったのかもしれない. . . . 』
自信がなくなってきたぼくは、それ以上探すのをやめた。
『もうすぐ約束の時間だ. . . . 』
汗びっしょりになって力を使い果たしてしまったぼくは、とぼとぼ歩いて父さんたちの待つハンバーガー屋まで行った。
③
店の外まで流れてくるいい匂いが、ちょっとだけぼくの元気を取り戻してくれた。
ぼくは父さんにハンバーガーセットを頼んで、席について待っていた。
席といっても、外用の長いテーブルとベンチがテントの下に並んでいるだけ。
ボクはその長いベンチの端の方に、横向きになって座っていた。
すると、母さんの知り合いの家族とばったり出会い、一緒に食べることになった。
ぼくより年上に見える男の子も一緒で、その子はぼくのとなりに座ってきた。
『大きいな。6年生くらいかな?』
「ねえ、何年?」
その子が話しかけてきた。
「4年」
「あっ、同じ。オレも4年」
同じ学年と聞いたとたん嬉しくなって、ハンバーガーを待っている間も、食べている間もずっと2人でしゃべっていた。
それでわかったことは、
どちらの母さんも同じ病院で働いている看護師。
年の離れた妹がいる。
今日は久しぶりに家族4人でここに来た。
本当はプールに行きたかった。
毎週土曜日の『お笑いちゃんねる』が好き。
その他にも同じところがいっぱいで、ぼくたちはすぐに仲良くなった。
「そうそう、さっきまでぼくは探し物をしてたんだ。へんなものを見たから、それがほんとうかどうか確かめたくて探してたんだけど見つからなかったよ。かん違いだったのかも」
「ほんと?オレもだよ。オレの見たのは物じゃなくておじさんだけど。へんなおじさん」
「あのさあのさ、そのへんなおじさんってどんな?」
「えーっと、名前なんだっけ?オレ大貴」
「まきおだよ、まきお」
「そっかぁ。まきおなら信じてくれるかも」
「待って待って。ぼく当ててみるよ。いい?」
「いいけどムリだと思うよ」
そう言って大貴くんは笑ったけど、ぼくには自信があった。
『へんなおじさんといえばあのおじさんしかいない。絶対そうだよ。だってぼくが探しているのもへんなおじさんなんだから!』
「じゃあ、いくよ!そのおじさんは背が高いですか?」
「うん、ものすごく高かった」
「そのおじさんは、変わった格好をしていますか?」
「そのおじさんは、めがねをかけて、リュックをしょっていますか?」
「そのおじさんは、『緑』っていう感じですか?」
どれも全部当たりだった!
「これで決まりじゃない?多分ぼくたちが探しているのは同じだよ」
「ちょっと待って。まだそのおじさんの一番大事な特徴を聞いてないから、オレたちが探しているおじさんが同じおじさんかどうか、これだけじゃ、まだわからないよ」
「あっ、そうか。おじさんのひげのこと?」
「やっぱり?そこまで同じだということは間違いないな。アレだろ?」
「うん、アレだよ!せーの!」
「ひげリボン!!」
2人の声がそろった。
ぼくたちは午後から一緒に探すことにした。
④
さっきまでずっと1人だったのに、一緒に探す仲間ができて心強かった。
大貴はぼくのことを『まきおー!』って呼ぶから、ぼくも『大貴』って呼ぶことにした。
会ったばかりなのに、こんなに馴れ馴れしくするのはいつものぼくならできないけど、威勢のいい大貴に圧倒されて、ぼくも遠慮しなくなっていた。
ぼくたちは探偵みたいにものかげに隠れたり、大貴が持っていたおもちゃのトランシーバーで「了解!」「どうぞー!」って言ってみたり。
あっちこっち何度も同じところをグルグル捜索した。
今度の約束は4時までだ。
ちょうど1時間くらいたったところで、ぼくたちはジュースを飲んで一休みすることにした。
自動販売機の前でお金を入れようとしたとき、ピカッと1本の線のような光がそのお金を照らしてきた。
「いたぁー!!」
ぼくたちはその光の先に、ついにあのおじさんを見つけたんだ。
光っていたのはおじさんのリボンだった。
何もかもがあの時とまったく同じだ。
これって、おしゃれっていうのかなぁ?
おじさんのくつひもとリュック、めがねのフチ、そしてリボンがみんな同じ緑色なんだ。
ものすごく背が高くて、父さんより白髪が多いから、おじさんの方が少し年を取っていると思う。
変なのはそのリボンで、長く伸ばした口ひげを左右で結んだその先に、リボンをつけているんだ。
それだけでもおかしいのに、
「何か用かい?」
おじさんから言われたぼくは、ますますおかしくなってきて、笑いをコラえるのに必死だった。
思っていたより男らしい声だったんだよ。
リボンなんかつけてるくせに!
「なんでもありません!」
おじさんの方を見ないようにして、手で口を押さえて言ったあと、ぼくたちは走った。
おじさんを見たら笑いだしそうで、それではあまりにも失礼だと思ったからだ。
少しでも早くおじさんから離れて思いっきり笑いたかったから、ぼくたちはどんどん走った。
何かしゃべろうとすると笑ってしまいそうで、一言もしゃべらずに、ただただ走った。
そして駐車場の近くまできたところで、やっとほとんど人がいなくなった。
そこでぼくたちは、長いこと大声で笑った。
笑いながら後ろから近づいてくる足音に振り返ると、あのおじさんがホットドックを食べながらこっちへ向かってくるのが見えた。
『追いかけられてる?』
ぼくたちがもう一度おじさんから逃げようとすると、
「何か用かい?」
さっきよりも大きな声で聞いてきた。
『そうだよ。あんなに探していたのに、なんで逃げてるんだ?』
ぼくはそのことにもおかしくなってきた。
もう何もかもがおかしくて笑ってしまいそうで、ぼくたちはそれをガマンするために、黙っているしかなかった。
すると
「あぁそうか、わかったよ。ずっと私たちを探しているというのは、君たちのことなんだね?」
おじさんはこう言って、ひげの先に少しついたケチャップを慣れた手つきで、きれいに巻き取った。
ぼくはまた笑いそうになった。
「ちょうどよかった。今から私の仲間のところに行くんだが、一緒に来ないかね?あそこに見える青いテントのところにいるよ」
「どうする?大貴」
「せっかくの招待なんだよ。もちろんオレは行くよ!」
『大貴はほんと、勇気あるよな。まあ大貴が一緒ならいいっか』
⑤
青いテントまでは3分もかからないくらいで着いた。
「さあどうぞ」
言われるままテントの中をのぞいたぼくたちは、そこで信じられないものを見た。
集まっている人、ざっと15人くらいが全員ひげリボンなんだ!
ぼくと大貴がずっと探していたひげリボンおじさんは、1人じゃなかったんだよ。
それにおじさんだけじゃなくておにいさんくらいの人もいたし、リボンの色もひげのカタチもそれぞれだ。
ぼくは吹き出しそうになるのをごまかすために、大きな咳をした。
「さあみんな、紹介するよ。ここにいるまきおくんと大貴くんが、例の子どもたちです」
おじさんがそう言うと、拍手がわきおこった。
『なんだなんだ。どうすればいいんだ?』
「なぁ、まきお、オレたちなんか歓迎されてるみたいだな」
そう言って、大貴は両手を高く上げて振っている。
『ぼくはこんなのは苦手なんだ。やっぱり大貴が一緒でよかったよ』
「2人ともこちらへ」そう言われてぼくたちはみんなの正面に立たされた。
「それでは表彰式を始めます」
おじさんがそう言うと、もう1度ぼくたちに拍手が送られた。
「まずは表彰状から。君たちが私たちを見つけたこと、そしていっぱい笑ったことを表彰します」
「ちょっと待って、そんなことくらいで表彰してもらえるの?」
「何を言うんだい、大貴君。君たちはものすごい能力を持っているんだよ。表彰されてあたりまえじゃないか」
「どういうこと?」
「君たちが持っているのは、私たちひげリボン族を見つける能力だ。これは、友だちを見つける能力と同じなんだよ。
それになによりも、2人とも思いっきりたくさん笑える能力もある。これも大切だ」
「なんだか、まだよくわからないんだけど. . . .」
今度はぼくが言った。
「それなら、君たちが友だちになったときのことを思い出してみるといいよ」
少し前に初めて出会ったばかりなのに、こんなに仲良くなったのは、ぼくたち2人にはたくさんの共通点があることがわかったからだ。
そしてなによりも、同じ物を探しているということ。
でも、外見はまったく違っている。
大貴は背が高くてほっそり。
ぼくは、それに比べて小さくて、ちょっと太り気味。
着ているものだって、大貴はカッコよくジーパンをはいて、チェック柄のシャツを着ている。
ぼくもジーパンだけど、長くて裾を折り曲げてるし、上は母さんが買ってきたサボテンの絵のついたTシャツ。
まあ一言でいうと、かっこいい大貴とダサいぼくっていう感じ。
それに見かけと同じで、大貴は大人っぽく、迷わずに何にでも向かっていく、男らしいタイプ。
ぼくはというとまったくの逆で、知りたがり屋のくせにおく病で、自分で言うのもあれだけど、情けないんだ。
性格までもが大貴に比べるとダサい感じだ。
それなのに、一緒にいると楽しくて、いつまでもしゃべっていられるんだから不思議だ。
「見たところ、2人にはあまり共通点はなさそうだが、興味のあることなんかは似ているんだろうね?」
おじさんがぼくの気持ちを言い当てたのには驚いた。
「どうしてそんなことがわかるんですか?」
「だから、それがさっき私が言った友だちを見つける能力なんだよ。これを持っていると、相手がどんなに自分と違っているように見えても、ほんの少しの似ているところがふくらんで見えて、お互いの良いところを伝染させたりできるんだ」
『わかったような、わからないような. . . . 』
ぼくと大貴は顔を見合わせた。
「そうか、では別の説明をしよう。
自分でもよく分かっているんだが、私たちはヘンだろ?こんな風にした上に、リボンまでつけているなんて。家族にも恥ずかしがられているくらいだからね」
「じゃあどうしてそんなことをするの?」
「もちろん気に入っているからだよ。はじめはだたそれだけだった。
でもそのうちにもう1つ、大事な目的ができたんだ。
それは君たちみたいな人間を見つけることさ。この格好だと見つけやすいからね。
世の中のほとんどの人が、外見だけで人を判断してしまう。しかし今の君たちのように、外見とは別の、人の心の中にある楽しいところや良いところを見るようになると、いつも新しい心で人を見られるようになるんだ。そうすると、たちまち友だちが増えて、それがどんどんつながっていくんだよ」
「大貴ならわかるけど、ぼくにはそんな力はないと思うよ」
「そこなんだよ。君たちは今日、友だちになったばかりだろ?友だちになれる何かの力が、あるとき突然、今までに会ったこともないような人を引き寄せ合うことがあるんだ。このことは私にもいまだに謎だけどね。そして君は自分にはない大貴くんのイケてるところに気づいた。もう伝染してきているはずだよ。これから日にちが経つごとにそれが上手になっていくんだ。だから君のことも表彰したんだ。
『いつも新しい心で人を見る』というのはとても大切なことなんだよ。
私のような変わった人にも、区別なく接することができる君たちはすばらしいよ。
それで私たちは、君たちのような人を探し出して増やす活動をしているんだ。
とは言っても、普段はみんな別の仕事をしているんだけどね」
「ふ~ん。それでおじさんたちは、いつからぼくたちのことを知ってたの?」
「もちろんはじめて会った時からさ。それで君たち2人がもう1度私たちを見つけることができたら、その時には招待しようと決めていたんだ。私たちはね、1回目は誰にでも見えるんだが、2回目はこの能力を持った人にしか見えないんだよ」
「そっかぁ。だからあんなに探したのに、1人では見つけられなかったんだね」
「不思議だけど、オレたちが今日ここに来たのは、友だちになるためだったのかもな」
「うん、きっとそうだよ」
そしてこのあと、ぼくたちは上等そうな木箱を渡された。
「いつの日か君たちが立派なひげリボン族になることを願っています」
中には、リボンというにはかなり小さい、くつひもよりももっと細いリボンが3本ずつ入っていた。
『そっかぁ、ひげ用だからな』
「まずはじめの一歩としては、これくらいが結びやすくてちょうどいいぞ。慣れてきたら、私のようにサテンや、編み込みスタイルに挑戦するといい」
「その前にひげだな」
別のおじさんのその声に、おっきな笑い声がそこら中から跳ね返ってきて、テントがゆれそうなくらいだった。
そしておじさんたちのひげもくるくる、ぱらぱら、ひらひら動いた。
ぼくたちはそれがおかしくて、おじさんたちと同じくらいでっかい声で笑った。
2人とも4時には駐車場に戻る約束で、そこまでの帰り道、ぼくは大貴と盛り上がった。
「なんか今日は笑いすぎて、お腹がいたくなったよ」
「うん、オレも。でも笑いたいのを我慢するのもたいへんだったな」
「ほんとだよ。それにしても、ひげリボンおじさんがあんなにいたとは驚きだったね」
ぼくたちはいろんなひげリボンを思い出して、顔を見合わせて笑った。
おじさんが言ったように、大貴といると、ぼくは今までのさえないぼくとは違うぼくになる。
堂々としていられるんだ。
『大貴のかっこいいところが、ぼくにもうつってきてるのかな?
おく病もやめる! 情けないのもやめる! もう幼稚で落ち着きがないなんて言わせないぞ!』
1人でニヤニヤしていると、大貴がポン!と肩を叩いてきた。
「でもいくらなんでも、このリボンは使わないだろう?かっこ悪いよな」
「ぼくもはじめはそう思っていたけど、あんなに勢揃いしているところを見たらそう悪くはない気もしてきた。それにひげリボン族にならないと、あの会には入れないよ」
「そっかぁー。オレもあの会に入って友だちを増やす手伝いはしたいけど、リボンはちょっとなぁ. . . . 」
「大丈夫だよ。だってさ、ぼくたちにひげが生えるようになるには、あと7年とか8年とかはかかるでしょ?さらにあれくらいの長さにするにはもっとだよ。
その頃にはひげリボン族も増えていて、普通になっているかも」
ぼくたちは、また大声で笑った。
「あーぁ、はやくひげが生えてこないかなぁ?」
(了)